大阪地方裁判所 平成3年(行ウ)39号 判決 1995年10月25日
原告
大津静夫
外二七名
右原告ら訴訟代理人弁護士
岡田義雄
同
大野康平
同
大野町子
同
桜井健雄
同
冠木克彦
同
井上英昭
原告
阿笠清子
外二〇一名
右原告ら訴訟代理人弁護士
岡田義雄
同
藤田一良
同
大野康平
同
井上二郎
同
丸山哲男
同
大野町子
同
武村二三夫
同
桜井健雄
同
北本修二
同
冠木克彦
同
谷野哲夫
同
井上英昭
同
田中泰雄
同
藤田正隆
同
沼田悦治
同
大川一夫
同
空野佳弘
同
増田健郎
同
小田幸児
同
上原康夫
同
養父知美
被告
内閣
右代表者内閣総理大臣
村山富市
被告
内閣総理大臣
村山富市
被告
防衛庁長官
衛藤征士郎
被告
国
右代表者法務大臣
宮沢弘
右四名指定代理人
島田睦史
外三名
被告内閣・内閣総理大臣・国指定代理人
月橋晴信
被告防衛庁長官・国指定代理人
辻秀夫
外三名
被告国指定代理人
土本英樹
外二名
主文
一 原告らの本件訴えのうち、被告内閣、被告内閣総理大臣及び被告防衛庁長官に対する違憲無効確認請求に係る訴えをいずれも却下する。
二 原告らのその余の請求をいずれも棄却する。
三 訴訟費用は原告らの負担とする。
事実及び理由
第一 原告らの請求
一 別紙原告目録一記載の原告番号1ないし3の原告ら
被告内閣が平成三年四月二四日にした「政府は、自衛隊法(昭和二九年法律第一六五号)第九九条の規定に基づき、我が国船舶の運行の安全を確保するために、ペルシャ湾における機雷の除去及びその処理を行わせるため、海上自衛隊の掃海艇等をこの海域に派遣する。」との閣議決定は違憲無効であることを確認する。
二 別紙原告目録二記載の原告ら
1 被告内閣総理大臣が同日、右閣議決定を受け、被告防衛庁長官に対してした「機雷の除去のため海上自衛隊掃海母艦外四隻の掃海艇及び補給艦をペルシャ湾に派遣する。」との指揮命令処分は違憲無効であることを確認する。
2 被告防衛庁長官が同日、右指揮命令を受け、訴外自衛艦隊司令官に対してした「海上自衛隊掃海母艦外四隻の掃海艇及び補給艦をペルシャ湾に向けて平成三年四月二六日出航せよ。」との指揮命令処分は違憲無効であることを確認する。
三 別紙原告目録一、二記載の原告ら
被告国は、原告ら各自に対し、金一〇万円宛及びこれに対する平成三年七月一六日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
第二 事案の概要
本件は、原告らが①被告内閣が平成三年四月二四日にした「政府は、自衛隊法(昭和二九年法律第一六五号)第九九条の規定に基づき、我が国船舶の航行の安全を確保するために、ペルシャ湾における機雷の除去及びその処理を行わせるため、海上自衛隊の掃海艇等をこの海域に派遣する。」との閣議決定(以下「本件閣議決定」という。)、②被告内閣総理大臣が同日、本件閣議決定を受け、被告防衛庁長官に対してした「機雷の除去のため海上自衛隊掃海母艦外四隻の掃海艇及び補給艦をペルシャ湾に派遣する。」との指揮命令(以下「本件派遣に関する指揮命令」という。)、③被告防衛庁長官が同日、右指揮命令を受け、自衛艦隊司令官に対してした「海上自衛隊掃海母艦外四隻の掃海艇及び補給艦をペルシャ湾に向けて平成三年四月二六日出航せよ。」との指揮命令(以下「本件出航に関する指揮命令」という。なお、②及び③を併せて「本件各指揮命令」ということがある。)はいずれも違憲であると主張して、本件閣議決定及び本件各指揮命令が違憲無効であることの確認を求めるとともに、本件閣議決定及び本件各指揮命令により原告らの権利ないし利益が侵害されたとして、国家賠償法一条一項に基づき損害賠償を請求している事案である。
一 争いのない事実等
1 本件閣議決定及び本件各指揮命令の経緯
(当事者間に争いがない。)
(一) 被告内閣は、平成三年四月二四日、内閣法四条一項に基づき、本件閣議決定をした。
(二) 被告内閣総理大臣は、同日内閣法六条及び自衛隊法七条に基づき、被告防衛庁長官に対し、本件派遣に関する指揮命令をした。
(三) 被告防衛庁長官は、同日、自衛隊法八条、九条及び一六条に基づき、海上幕僚長を通じて自衛艦隊司令官に対し、本件出航に関する指揮命令をした。
2 ペルシャ湾掃海派遣部隊の編成及び活動
(甲八、二三の一ないし二二、乙一、弁論の全趣旨)
(一) 本件各指揮命令を受けて編成されたペルシャ湾掃海派遣部隊(以下「本件部隊」という。)は掃海母艦「はやせ」、掃海艇「ひこしま」、「ゆりしま」、「あわしま」及び「さくしま」並びに補給艦「ときわ」の合計六隻からなり、派遣人員は約五一〇名であった。
(二) 本件部隊は、平成三年四月二六日、横須賀、呉、佐世保の各港を出港し、スービック、シンガポール、ペナン、コロンボ及びカラチの各寄港地を経由して、同年五月二七日、アラブ首長国連邦のドバイに入港した。
(三) 本件部隊は、同年六月五日、クウェイト東方約一〇〇キロメートル沖合の第七機雷危険海域(MDA七)において掃海作業を開始し、同年七月二〇日までの間に、機雷一七個を処理した。本件部隊は、その後、シャトルアラブ川河口約二〇ないし四〇キロメートル沖合にある第一〇機雷危険海域(MDA一〇)に移動し、同月二九日から同年八月一九日までの間に、機雷一七個を処理した。さらに、本件部隊は、クウェイト沖合の航路等において掃海作業に従事し、同年九月一一日、右作業を終了した。本件部隊がペルシャ湾において処理した機雷は、合計三四個に上った。
(四) 本件部隊は、同年九月二三日、ドバイを出港し、マスカット、コロンボ、シンガポール及びスービックの各寄港地を経由して、同年一〇月三〇日、呉に入港し、編成を解除された。
二 争点についての当事者の主張
1 本件閣議決定及び本件各指揮命令の違憲無効確認を求める訴えの適否
(一) 原告らの主張
(1) 抗告訴訟該当性及び法律上の争訟性について
原告らは、本件閣議決定及び本件各指揮命令の違憲無効確認を求める訴え(以下「本件違憲無効確認の訴え」という。)を行政事件訴訟法三条四項、三六条所定の無効等確認訴訟として提起する趣旨であるから、右訴えは、抗告訴訟に該当し、法律上の争訟性を具備している。即ち、本件閣議決定及び本件各指揮命令は、国民の平和的生存権、日本国民たる名誉及び良心に対する権利並びに憲法秩序を保障される法律上の利益ないし権利を侵害するものであるところ、およそ国民であれば誰もが本件閣議決定及び本件各指揮命令により右権利を侵害されるのであるから、全国民が本件違憲無効確認の訴えを提起する法律上の利益を有するというべきであり、右訴えは裁判所法三条一項にいう法律上の争訟に該当する。
仮に、主観訴訟たる抗告訴訟においては、原告適格を有する者の範囲が特定している必要があるとしても、原告らはいずれも在日韓国・朝鮮人差別撤廃運動、原水爆禁止運動、市民運動等を通じて平和のために活動してきた者であるから、「平和のために活動してきた者」として本件違憲無効確認の訴えを提起する原告適格を有するものと解される。
(2) 行政処分性について
本件違憲無効確認の訴えは、直接憲法上の権利に基づいて提起された憲法訴訟であるから、抗告訴訟の対象となる行政処分の範囲を制限してきた従来の裁判例は、適用されないと解すべきである。また、行政処分性に関する従来の裁判例を前提としても、本件閣議決定及び本件各指揮命令は、全国民の平和的生存権を侵害する政府の行為であるから、「国民の権利義務ないし法律上の地位に直接具体的な影響を及ぼす処分」として、抗告訴訟の対象となる行政処分に該当することは明らかである。
(3) 原告適格について
憲法は、抗告訴訟の訴訟要件を定める行政事件訴訟法の上位法であるから、抗告訴訟の原告適格を有する者に必要とされる当該処分の取消等を求める「法律上の利益」に憲法上の利益が含まれることはいうまでもない。原告らは、平和的生存権という最も根源的な憲法上の権利ないし利益を保護利益として主張しているのであるから、本件違憲無効確認の訴えの原告適格を有することは明らかである。
(4) 訴えの利益について
被告らは、本件部隊の帰国、編成解除によって本件違憲無効確認の訴えの利益は失われた旨主張するが、政府が自衛隊の海外派遣を今後一切行わないことを公的に宣言しない限り、本件閣議決定及び本件各指揮命令により憲法秩序が破壊され、原告らの平和的生存権が侵害された状態は、今なお継続しているというべきである。したがって、本件部隊が帰国し、編成解除となったからといって、本件違憲無効確認の訴えの利益が消滅するものではない。
(二) 被告らの主張
(1) 抗告訴訟該当性及び法律上の争訟性について
原告らは、本件違憲無効確認の訴えは原告らの平和的生存権等の回復を求める抗告訴訟であり、法律上の争訟性を具備する旨主張する。
しかしながら、原告らの主張する平和的生存権等の権利は、その内容が不明確で、具体的な権利であるとはいい難いのみならず、その侵害を理由とする本件違憲無効確認の訴えは、一般国民としての地位に基づき本件閣議決定及び本件各指揮命令の憲法適合性の有無を争う民衆訴訟であって、原告ら個々人の権利利益の保護救済を目的とする抗告訴訟に当たらないことは明らかである。したがって、本件違憲無効確認の訴えは、裁判所法三条一項にいう法律上の争訟を対象とするものではなく、また、右訴えのような民衆訴訟の出訴を認める法律の規定も存在しないから、右訴えは行政事件訴訟法四二条により不適法なものとして却下されるべきである。
(2) 行政処分性について
仮に、本件違憲無効確認の訴えが抗告訴訟に該当するとしても、本件閣議決定及び本件各指揮命令は、いずれも抗告訴訟の対象となる行政処分に当たらないから、右訴えは不適法である。即ち、抗告訴訟の対象となる行政処分は、公権力の主体たる国又は公共団体が行う行為のうち、その行為によって直接国民の権利義務を形成し又はその範囲を確定することが法律上認められているものに限られるところ(最高裁昭和三〇年二月二四日第一小法廷判決・民集九巻二号二一七頁等)、本件閣議決定は、合議体たる機関である内閣が行政組織内部において行った意思決定にすぎないのであって、直接国民に向けられた対外的行為ではなく、直接国民の権利義務関係を形成し又はその範囲を確定する法律効果を生じさせるものでもない。同様に、本件各指揮命令も、行政組織内における上級機関の下級機関に対する指揮監督の性質を有するものであって、対外的行為には当たらず、国民の権利義務に変動を生じさせる効果を有するものでもない。したがって、本件閣議決定及び本件各指揮命令は、いずれも抗告訴訟の対象となる行政処分には当たらないから、本件違憲無効確認の訴えは、不適法である。
(3) 原告適格について
抗告訴訟の原告適格について規定した行政事件訴訟法九条、三六条にいう「法律上の利益を有する者」とは、当該処分により自己の権利若しくは法律上保護された利益を侵害され又は必然的に侵害されるおそれのある者をいうところ、本件閣議決定の根拠法令である内閣法、本件各指揮命令の根拠法令である内閣法及び自衛隊法の規定をみても、これらの法規が原告らの個別的利益を保護しているものとは到底解し難い。したがって、原告らが本件閣議決定及び本件各指揮命令の無効確認を求める原告適格を有しないことは明らかである。
(4) 訴えの利益について
抗告訴訟において訴えの利益が認められるためには、行政処分の法的効果が現に存続しており、当該処分の取消等によって回復すべき法律上の利益が存在する必要があるところ、本件では、本件部隊の帰国、編成解除によって本件閣議決定及び本件各指揮命令の効力は既に消滅しているのであるから、本件違憲無効確認の訴えの利益も消滅しているというべきである。
(5) 行政事件訴訟法三六条所定の要件の有無について
無効等確認の訴えにおいては、行政事件訴訟法三六条所定の要件を満たす必要があるところ、本件閣議決定及び本件各指揮命令の効力が既に消滅している以上、同条前段の後続処分のおそれはないし、原告らが同条後段の法律上の利益を有しないことも前記(3)のとおりであるから、本件違憲無効確認の訴えは、同条所定の要件を欠き、不適法である。
2 国家賠償請求における原告ら主張に係る被侵害利益の法的保護対象性の有無
(一) 原告らの主張
原告らは、次のとおり、本件閣議決定及び本件各指揮命令によって、憲法で保障された平和的生存権、日本国民たる名誉及び良心に対する権利並びに憲法秩序を保障される権利ないし法律上の利益を侵害され、精神的苦痛を被ったところ、これを慰謝するための金額は、原告ら各自につき一〇万円を下らない。
(1) 平和的生存権の侵害
憲法前文にいう「平和のうちに生存する権利」は、九条によってその内容が具体的に確定され、基本的人権として保障されていると解されるところ、本件閣議決定及び本件各指揮命令は、自衛隊を海外に派遣し、アメリカ合衆国を中心とする多国籍軍の戦争行為に加担することを内容とするものであるから、原告らは本件閣議決定及び本件各指揮命令によってかかる平和的生存権を侵害されたというべきである。
(2) 日本国民たる名誉及び良心に対する権利の侵害
憲法前文は、戦争放棄、恒久平和の原則につき、「日本国民は、国家の名誉にかけ、全力をあげてこの崇高な理想と目的を達成することを誓う。」旨規定しているところ、本件閣議決定及び本件各指揮命令は、憲法九条に違反する自衛隊の海外派遣を内容とするものであるから、原告らはこれにより日本国民としての名誉及び良心を侵害されたというべきである。
(3) 憲法秩序を保障される法律上の利益ないし権利の侵害
国民は、憲法秩序の中で生活することを保障されているという権利ないし法律上の利益を有するところ、本件閣議決定及び本件各指揮命令は、憲法九条を中心とする憲法秩序を破壊し、ひいては原告らの右権利ないし法律上の利益を侵害したというべきである。
(二) 被告らの主張
原告らが被侵害利益として主張する平和的生存権、日本国民たる名誉及び良心に対する権利並びに憲法秩序を保障される法律上の利益ないし権利は、いずれも極めて主観的かつ抽象的なものであって、その内容が不明確であるから、法的利益として保護の対象となるものではないことは明らかである。また、仮に、原告らが本件閣議決定及び本件各指揮命令によって何らかの不快感を抱いたとしても、かかる個人的な政治信念や倫理感といったものは未だ権利保護の対象として社会的に承認されていないから、法律上慰謝するに値するものということはできない。
第三 争点に対する判断
一 本件閣議決定及び本件各指揮命令の違憲無効確認を求める訴えの適否について
1 原告らは、国民の平和的生存権、日本国民たる名誉及び良心に対する権利並びに憲法秩序を保障される法律上の利益ないし権利の回復を求めるために本件違憲無効確認の訴えを提起したものであり、右訴えは抗告訴訟である旨主張する。
しかしながら、原告らが被告らにより侵害されたとして本件違憲無効確認の訴えによって保護を求めている権利ないし利益が、原告ら固有の権利ないし利益ではなく、国民のすべてに等しく関わる利益にすぎないことは、その主張自体から明らかであるから、本件違憲無効確認の訴えは、原告らに係る法律上の利益に基づき提起された抗告訴訟には当たらず、単に国民としての地位に基づき、行政庁たる被告らの行為が違憲であることの確認を求める民衆訴訟であるというべきである。そして、民衆訴訟は、法律に定める場合において、法律に定める者に限り提起することができるところ(行政事件訴訟法四二条)、本件違憲無効確認の訴えのように、国民としての地位に基づき行政庁の国政行為の違憲無効確認を求める訴訟を提起する途は現行法上認められていないから、本件違憲無効確認の訴えは、行政事件訴訟法四二条の要件を具備しない不適法な訴えとして、これを却下するほかない。
2 もっとも、この点に関し、原告らは、右権利ないし利益は原告ら各個人に与えられた権利ないし利益であるのみならず、原告らはいずれも平和のために活動してきた者であるから、原告らにとっては、右権利ないし利益は固有の権利ないし利益に該当し、その保護を求める本件違憲無効確認の訴えは抗告訴訟として適法である旨主張する。
しかしながら、原告らの主張する権利ないし利益は、前述のとおり、国民すべてに共通する一般的利益にほかならず、何ら原告らに固有のものではないというべきである上、原告らがその主張に係る平和活動に携わっているからといって、原告らの右権利ないし利益だけが国民一般のそれとは異なり、特別な権利ないし利益として法律により手厚く保護されていると解すべき法的根拠も何ら存しない。
そうすると、仮に、本件違憲無効確認の訴えを個人の側面からみることとしても、右訴えは、各個人が国民の一人として他の国民と全く同様に共通して有する利益に係わるものであって、原告ら固有の権利ないし利益に基づくものということはできないから、これを抗告訴訟とみる余地はないというべきである。
3 さらに、仮に、本件違憲無効確認の訴えを原告らの主張するように抗告訴訟とみたとしても、次のとおり、本件閣議決定及び本件各指揮命令は、抗告訴訟の対象となる行政処分に該当しないから、右訴えは、抗告訴訟としても不適法であり、却下を免れないというべきである。
まず、一般に閣議決定は、合議体の国家機関である内閣の意思決定であり(内閣法四条一項)、内閣総理大臣は、閣議にかけて決定した方針に基づいて、行政各部を指揮監督するとされているのであるから(同法六条)、閣議決定それ自体は、外部にその効力を及ぼし、国民の具体的な権利義務を形成し又は確定する効力を有するものではないというべきである。そこで、これを本件閣議決定についてみるに、前記第二の一認定のとおり、本件閣議決定は、「政府は、自衛隊法(昭和二九年法律第一六五号)第九九条の規定に基づき、我が国船舶の航行の安全を確保するために、ペルシャ湾における機雷の除去及びその処理を行わせるため、海上自衛隊の掃海艇等をこの海域に派遣する。」というものであって、掃海艇等を右海域に派遣するか否かについての内閣の意思を決定したものにすぎず、それ自体が外部に効力を及ぼして国民の権利義務ないし法的利益に直接影響を与えるものでないことは明らかであるから、本件閣議決定をもって、抗告訴訟の対象となる行政処分に該当すると解することはできない。
次に、本件派遣に関する指揮命令についてみると、前記第二の一認定のとおり、右指揮命令は、被告内閣総理大臣が内閣法六条及び自衛隊法七条に基づき、行政機関である被告防衛庁長官に対する指揮監督権の行使としてした行為であり、その内容も「機雷の除去のため海上自衛隊掃海母艦外四隻の掃海艇及び補給艦をペルシャ湾に派遣する。」というものであるから、右指揮命令が、行政機関相互間の行為であって、外部に効力を及ぼして国民の権利義務ないし法的利益に直接影響を与えるものでないことは明らかであり、その行政処分性を肯定することは到底できない。
さらに、本件出航に関する指揮命令についてみても、右指揮命令は、前記第二の一認定のとおり、被告防衛庁長宮が自衛隊法八条、九条及び一六条に基づき、海上幕僚長を通じて自衛艦隊司令官に対してした指揮監督権の行使たる行為であり、その内容も「海上自衛隊掃海母艦外四隻の掃海艇及び補給艦をペルシャ湾に向けて平成三年四月二六日出航せよ。」というものであるから、右指揮命令が行政機関相互間の行為であって、抗告訴訟の対象となる行政処分に当たらないことは、本件派遣に関する指揮命令の場合と同様である。
4 したがって、本件違憲無効確認の訴えは、いずれにしても不適法として却下を免れない。
二 国家賠償請求における原告ら主張に係る被侵害利益の法的保護対象性の有無について
1 前記第二の一認定の事実に、証拠(甲一ないし四、五の一及び二、九、一二の一ないし五五、二三の一ないし二二、三一、三二の一ないし四五、乙一、証人家正治、証人山内敏弘、証人湯川恭、原告飯沼二郎本人)及び弁論の全趣旨を総合すると、次の事実が認められる。
(一) イラクが平成二年八月二日、クウェイトに侵攻し、これを併合したことから勃発した湾岸危機は、イラクが国連安全保障理事会決議六八七を受諾し、平成三年四月一二日、国連安全保障理事会議長から正式停戦の効力を宣言する書簡の交付を受けたことにより、正式停戦の成立をみた。被告内閣は、右危機の間にイラクによって敷設された機雷が我が国タンカーを始めとする各国船舶の航行の障害となっていると判断し、海上自衛隊掃海部隊の派遣について検討を重ね、同月二四日、内閣法四条一項に基づき本件閣議決定をした。これを受けて、被告内閣総理大臣は、同日、内閣法六条及び自衛隊法七条に基づき、被告防衛庁長官に対して本件派遣に関する指揮命令をし、被告防衛庁長官は、同日、これに従って、自衛隊法八条、九条、一六条に基づき、海上幕僚長を通じて自衛艦隊司令官に対し、本件出航に関する指揮命令をした。
(二) 海上自衛隊では、本件各指揮命令を受けて、掃海母艦「はやせ」、掃海艇「ひこしま」、「ゆりしま」、「あわしま」及び「さくしま」並びに補給艦「ときわ」の六隻の船舶と約五一〇名の隊員からなる本件部隊が編成された。本件部隊は、平成三年四月二六日、横須賀、呉、佐世保の各港を出港し、スービック、シンガポール、ペナン、コロンボ及びカラチの各寄港地を経由して、同年五月二七日、アラブ首長国連邦のドバイに入港した。
(三) 本件部隊は、平成三年六月五日、クウェイト東方約一〇〇キロメートル沖合の第七機雷危険海域(MDA七)において掃海作業を開始し、同年七月二〇日までの間に機雷一七個を処理した後、同月二三日、ドバイに入港して休養を取った。この間、外務省は、イランとイラクの国境であるシャトルアラブ川河口約二〇ないし四〇キロメートル沖合に位置し、高性能沈底機雷が多数敷設された第一〇機雷危険海域(MDA一〇)における掃海作業について同意を得るため、イラン、イラク両国との折衝を重ねた。その結果、同月二四日、イラクから右掃海に同意する旨の口上書を受領するに至り、イランも同意を表明したことから、本件部隊は、同月二六日、右海域に移動し、同月二九日から同年八月一九日までの間に、機雷一七個を処理した。さらに、本件部隊は、クウェイト沖合の航路等において掃海作業に従事した後、同年九月一一日に被告防衛庁長官から発せられた任務終了命令を受けて、同月二三日、帰国の途につき、同年一〇月三〇日、呉に入港した。本件部隊がペルシャ湾において採用した掃海方法は、機雷探知機を用いて敷設されている機雷を探知した後、機雷処分具を用いて爆雷を投下し、あるいは潜水員が爆薬を仕掛けて機雷を爆発させるというもので、これにより合計三四個の機雷を処理するという成果を上げた。
(四) 本件部隊の派遣については、国会において、右派遣が自衛隊の海外派遣に関する過去の政府答弁と整合するかどうか、右派遣は憲法及び自衛隊法に抵触するのではないかといった点を巡って激しい議論が行われたほか、市民団体等の間においても、これに抗議する運動が繰り広げられた。原告らは、在日韓国・朝鮮人差別撤廃運動、原水爆禁止運動等に携わり、あるいは平和運動に関心をよせる市民であって、いずれも本件部隊の派遣に反対する市民運動に共感し、本訴を提起したものである。
以上の事実が認められ、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。
2 原告らは、本件閣議決定及び本件各指揮命令によって、原告らの権利ないし法的利益が侵害された旨主張するので、以下において、原告ら主張に係る法的利益侵害の有無について順次検討する。
(一) 原告らは、憲法前文、九条は国民に対して平和的生存権を保障しているところ、本件閣議決定及び本件各指揮命令によって、原告らの右権利が侵害された旨主張する。
確かに、憲法は、その前文において、恒久の平和を念願し、全世界の国民が平和のうちに生存する権利を有することを確認する旨を謳い、九条において、戦争放棄、戦力及び交戦権の否認を規定しているけれども、右にいういわゆる平和的生存権は、理念ないし目的としての抽象的概念であって、権利としての具体的内容を有するものとはいいがたく、右規定を根拠として、国民各個人に対して法律上保護された具体的な権利ないし利益が保障されていると解することはできないから、本件閣議決定及び本件各指揮命令によって平和的生存権を侵害されたとする原告らの主張は、採用することができない。
(二) 次に、原告らは、憲法前文が戦争放棄、恒久平和の原則を基本原理として掲げ、日本国民は国家の名誉をかけてこれを達成することを誓う旨規定しているにもかかわらず、右原則に違背する本件閣議決定及び本件各指揮命令が行われたことにより、原告らの日本国民としての名誉及び良心が侵害された旨主張する。
しかしながら、原告らの主張する日本国民としての名誉及び良心は、これを国民各個人に対して具体的な権利ないし利益として保障したものと解すべき法的根拠を欠くのみならず、その内容も極めて主観的、抽象的であって、何ら具体性を有しないものであるところ、前記1認定の事実、本件訴訟の経緯等、本件に現れた一切の事情に照らせば、その主張するところは、結局、原告らが本件閣議決定及び本件各指揮命令に対して抱いた憤怒の情、不快感、焦燥感、挫折感、屈辱感といったものにすぎないものと認められ、かかる個人的感情は、法的保護に値するものとして社会的に是認されたものということはできないから、本件閣議決定及び本件各指揮命令によって日本国民としての名誉及び良心を侵害されたとする原告らの主張は、採用することができない。
(三) さらに、原告らは、国民は憲法秩序の中で生活することを保障されているという権利ないし法律上の利益を有するところ、本件閣議決定及び本件各指揮命令によって、憲法九条を中心とする憲法秩序が破壊され、その結果、原告らの右権利ないし法律上の利益が侵害された旨主張する。
しかしながら、原告らの主張する憲法秩序の中で生活することを保障されているという権利ないし法律上の利益は、これを国民各個人に対して保障したものと解すべき法的根拠を欠き、その内容も極めて主観的、抽象的で、何ら具体性を有しないところ、前記二で認定説示したとおり、その主張するところは、本件閣議決定及び本件各指揮命令に対する憤怒の情等の個人的感情であって、これを法的に保護されたものということはできないから、本件閣議決定及び本件各指揮命令によって憲法秩序の中で生活することを保障されている権利ないし法律上の利益を侵害されたとする原告らの主張も、採用することができない。
3 以上のとおり、原告らが本件閣議決定及び本件各指揮命令によって侵害されたと主張する権利ないし利益は、いずれも損害賠償により法的保護を与えられるべき利益には当たらないから、右権利ないし利益の侵害を理由とする国家賠償請求は、その余の点について判断するまでもなく理由がない。
(裁判長裁判官下村浩藏 裁判官福井章代 裁判官清野正彦)